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市民ケーン/ドンペリのコメント

rating44.0000

市民ケーンへのコメント

採点

rating5

推薦数

+2

コメント

多種多様の映像技法に驚きながら、ストーリィ性の点からも充分見応えがあり、巧みな脚本だと思います。
25歳のオーソン・ウェルズの見事な老け役にも驚かされる。

ネタバレ

このレビューは物語の核心部分が明かされています。

レビュー

本作はその映像技法がもてはやされますが
それらの‘技術’のオンパレードだけの作品では 私はここまで満足しなかったでしょう。
本作はそれらの映像の中に それに勝るとも劣らぬストーリィがしっかり隠されているので
とてもバランスが取れ、素晴しい映画として満足がいきます。
「力強さが漲っている映画」とでも言えましょうか。


冒頭の‘霧の中に聳えるザナドゥ宮殿’の映し方は、さながらサスペンスのよう。
その宮殿の一部屋だけに明かりが灯っているのもさらにサスペンスのような趣です。
その部屋でケーンは『「薔薇のつぼみ」』と言いながら息をひき取ります。
やがて画面には いきなり「ケーンの生涯を追う映画」が映ります。
それにより観客はケーンの生涯を概ね知ることになります。
市民ケーンを描く映画なのに、その劇中映画でケーンの略歴を知らせちゃうという・・・。

その映画の試写を見たオーナーは「重要なのは彼が何をしたかではなく、何者だったかだ、
それには『「薔薇のつぼみ」』(ダイイングメッセージ)の意味を解明すべきだ」と、
記者にケーンの生前に関係のあった人物に当たって解明するよう指示します。
つまりそれが本題であり、
そこから本編が始まるかのような作りになっている、実に斬新な出だしです。

ラスト、
部屋中に収まり切らぬほどの膨大な数の、梱包されたままの高価な世界的美術品を
俯瞰で舐めるように撮り、それはまるでニューヨークの街であるかのように映されている。
その後ケーンの所持品の不要なものが燃やされていくのを見るに付け、
たった一人寂しく死んでいったケーンの計り知れぬ孤独が重なってくるのです。
その燃やされるガラクタと思しき物の中に「答え」があったのであり、
その「答え」は観客だけが解るしかけになっている。
結局登場人物(=彼にゆかりのあった人達も)は 「薔薇のつぼみ」の意味を解らず、
永遠に彼を理解する人などいないという終り方。彼は死んで尚理解されず孤独であるということです。
実に考えられたこの結末、何てお洒落なのでしょう。

金の力に任せて 権力をも含め欲しいものを手に入れてきたケーン。
歌の才能のない二番目の妻を無理矢理舞台に立たせ、彼女のためにオペラハウスまで建てる。
フロリダに想像を絶する豪華絢爛ザナドゥ宮殿を建て、広過ぎて寒々しい中で妻と暮す。
世界で6番目の財産と共にお金に育てられてきた彼は、愛というものを知るよしもない。
財産に押し潰されそうになりながら生きてきた彼には、愛情表現の術を知らないのも当然であろう。
お金をかけることしか出来ないのだった。

薔薇のつぼみの意味がそこにある。

☆要注意!以下薔薇のつぼみが何であったかが書かれています☆


母の元で 薔薇の蕾の絵(RoseBudとも書いてある)のついた橇で遊んでいた幼い頃の幸せに勝るものは
彼の生涯では得られなかったのだ。



母親は息子を膨大な資産と共に銀行に養子に出すことを決断。
室内で 代理人の持ってきた念書に母親がサインをするシーンの中央に窓が映っています。
四角い黒い窓枠の中は外の雪景色で真っ白であり、それは額の中の絵のような効果を出し、
さらにその真っ白な絵(雪)の中心に、雪の中で飛んだり跳ねたり実に楽しそうに遊んでいる男の子が映ります。
父親が 妻の方に近寄るのにも、その真ん中の窓に被らない様に立ち、
明らかに意識的に画面の中央に四角く真っ白な窓の外を映し出しています。
親が子を手放すサインをしているのに 何も知らず雪の中で無邪気にはしゃぎ回っている男の子を
ずっと映しているのです。
この対比のシーンこそ、その男の子・ケーンのその後の寂しさを強調するに余りあるもので、
映像技術を見せるだけでなく そこに大切な心情がしっかり描かれていることが凄いです。
・・・見終えると改めてこのシーンの素晴らしさと哀しさに驚く。

その後、外で代理人が男の子を連れて行こうとすると
男の子は 自分が遊んでいた橇をその代理人に投げつけます。
この時誰が 一瞬わずかに映るこの橇に書かれた絵を見ておけるでしょう。
(・・・コマ送りで見て、ようやくほんの一瞬その絵が見えます。)

彼の人生は この橇を投げつけた瞬間からあらぬ方向に動き始めたのです。

そのケーンの橇が次第に雪に埋もれて行くのを意味あり気に映し、
ケーンがいなくなったことと時間の経過を暗示する。
そして次には それに重なるように、
後見人達から 見事にお坊ちゃまに変身した少年ケーンに与えられたクリスマスプレゼントの包みが映り、
それを開けると高級そうな橇が映るのです。
場面転換を、雪に埋もれたシンプルな木の橇から、高級そうな橇に重ねたのです。
素晴しい複線だったのです。そう、橇なのです。

すべてはこの橇で始まり橇で終る物語だったのです。
ところが、記者が「薔薇のつぼみ」のことを調べていくうちに
観客は 始めの方で拘って扱われた橇のことをすっかり忘れていき、ラストにハッとするのです。
まあ見事なこと。

極めつけは冒頭のケーンの死の床に粉雪が舞う。そして「薔薇のつぼみ」と言うのです。
彼は、雪の中で橇に乗っていたのでしょうか・・・。
このように冒頭から複線がはられていて、前に前に遡ってヒントが隠されていたのです。



本作では 誰もが興味深い映像に気が付くことでしょう。
カメラが物を通り抜けていくような映し方や、下方から見上げるようなカメラや、
電話ボックスの中に観客も一緒に入っているような撮り方(見事な構図)をしていて、
そのボックスのドアを閉めることによってその構図がさらに生きるとか・・・
述べればきりがありませんが、その都度「あら」と驚かされる興味深い画面のオンパレード。
それらの特徴的な映像は 時にファンタジックでもあり、時にサスペンス風でもあり、
そのどちらをも融合させたような不思議な雰囲気がする時もあります。
黒白の対比の美しさを 光で際立たせていることも見事な要因のひとつだと思います。
画面はそのように色々なことがなされますが、映画全体としては静かな印象です。



モデルになった新聞王を知らなかったので、私にとってはこれは哀しい物語です。
何度も見るとその思いは確固たるものになってきました・・・。

評者

ドンペリ

更新日時

2007年03月27日 01時10分

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