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華氏451/ドンペリのコメント

rating33.3000

華氏451へのコメント

採点

rating3

コメント

冒頭、映画タイトルもキャスト・スタッフ紹介も、ナレーションで始まり そこに活字はなく、一瞬「あれ?」と思う。

ネタバレ

このレビューは物語の核心部分が明かされています。

レビュー

1966年製作の近未来社会の映画だけれど
21世紀の今日と比較すると、町も家もそれほどの近未来は感じられないが、
壁にかかったでかいテレビと、そこから視聴者参加番組が流れるなどは
今日を見事に予感している。
しかしながらそれらはあくまでも本作の本質ではなく、
「本を読むことが違法行為となる社会」の唯一の楽しみがテレビしかないという
まるで昔誰かが言った「‘白痴箱’としてのテレビ」を強調しているかのようでもある。
何故なら、その視聴者参加番組の内容たるや実にばからしくて、
それに夢中で参加する奥さんの姿も滑稽であり、
この意味のないテレビ番組を小バカにしているような描き方なのです。
冒頭のキャスト紹介の画面も、家々のアンテナをこれでもか、と映すのにも意味がある。
知的思考が育つのを阻む政治的操作に多くの人は安住していることの表現だと思う。

その後いきなり真っ赤な消防車(実は‘燃本Car’とでも言おうか?)に
真っ黒な服を着た隊員たちが直立不動で乗って移動するシーンは、コケティッシュにも見え、
その、色のコントラストと小気味良い音楽で、インパクトがあり何とも言えぬ味わいがある。
彼らが消防車で出動する時はいつも同じ音楽が流れ、
何度見ても不思議な魅力のある面白いシーンだ。


本(書物)を隠し持っている人が密告されると、消防隊がその家にズカズカと乗り込んできて
家宅捜索して隠してあった本を見つけ出し、燃やしてしまうという世の中。
消防隊は火事を消すのではなく、書物を燃やすのが仕事、なのだ。
物語の中で語られるが、どうやら市民は防火建築の家に住むことを義務付けられているらしい。
子供が消防士を見て「本を焼く人達だね」と言う世界は妙にSFチックだ。


消防士モンターグが本に魅せられ、隠し持っていた世界的作家(ジャンコクトー、ツルゲーネフ、ヘンリーミラー、
ジャンジュネ、その他多く作家の本をトリュフォーはこれでもかと映すのだが)の書物が
メラメラと‘一頁づつ’燃えていく様はとても美しく芸術的でさえあり、ジッと見入ってしまう。
まさに本の発火温度451がタイトルだけあるな、と思わせてくれる。


こんな世の中だったらどうです?と疑問を投げかけるが
発禁、焚書はいつの世もあったし、
言論の自由と戦い続けた歴史もあることを考えると、普遍的なテーマにも思える。


本を読んではいけないということは、活字がなくなるということに繋がるようだ。
モンターグが 今で言う新聞広告のような紙に漫画らしきものが書かれたものを見ているが
それには活字が書いていない。(アップになるのでわかる)
それで、本作の冒頭のキャスト・スタッフ紹介は敢えて文字を置かず、ナレーションなのだ、と解る。
トリュフォー監督は私達に、活字を読ませないことをしたのですね〜。巧いなあと後から思った次第。
そして妻の薬のボトルにすら文字が書いてないのである。薬はボトルの色で区別する・・赤のNo2と言う様に。
建物にもカフェにも どこにも文字が書いてない、おおよそ文字に出会わない世界なのでした。



冒頭の消防隊は、青リンゴをかじっている男の家に向かっているのだが、
男は「今すぐ逃げて」という電話をもらい 家から飛び出して逃げる。
ラストの「本の人々」の暮す森に その男は青リンゴをかじって居るのでした。
本の人々は世界中の書物をそれぞれに暗記しているので 各国の言葉が聞かれます。
その中に日本語も聞かれました・・・あれは何の小説だろう。


*それにしてもこの近未来の社会は、スパスパ煙草を吸っているのにも意味があるのが面白い。

評者

ドンペリ

更新日時

2006年10月23日 21時27分

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