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ダウト 〜あるカトリック学校で〜/ドンペリのコメント

rating44.0000

ダウト 〜あるカトリック学校で〜へのコメント

採点

rating4

推薦数

+1

コメント

映画館で見て、自分で登録しておきながら、コメントをUPしていませんでした・・・。
もとは、トニー賞&ピュリッツァー賞受賞の戯曲舞台劇(実は知りませんでした)。
この類の舞台劇を、映画化するのは難しいだろうな〜と思いました。台詞バトルは必須ゆえ、映画の出来は役者の力量に左右されることは言うまでもないこと。

レビュー

私は、映画を観るのに、俳優さん女優さんの演技に拘り、それに重点を置くことも多いです。なので「この人は(まず演技に注目)」と思う人の出演作品は、なるべく追いかけて観るようにしています。その場合は、美女だから、美男だからは関係ありません。・・・前置きが長いな。

とういうわけで、メリル・ストリ―プとフィリップ・シ―モア・ホフマンという名優(どちらも私は認めているの)二人を、内容に関係なく見ないわけにはいかないのでした。
そして本作、想像通り「二人の演技合戦」でした。演技バトル、特に台詞の応酬シーンは迫力があり、互いに「絶対にトチルものか!」とばかりに、火花が散っているのが見えます。

カトリック学校の厳格堅物校長(メリル・ストリ―プ)は、神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)にある疑惑を持ち、揺るぎない意志を持って追究する。
「確証」はないのに、「絶対に怪しい!という確信」をするメリル・ストリ―プと同じ目線になって(私も)見てしまいます。それは、神父の生徒への性的虐待という問題が、現実的だからです。
それと、堅物の校長に比べ、神父はやや世間擦れしているようで胡散臭そうな人物にも見えるからなのです・・・ひと癖ありそうなフィリップ・シーモア・ホフマンだから尚更そう見えてしまうのですけどね・笑。

ところがエンディングのメリルの苦悩は、オ―バ―に言えば私の苦悩でもあるのでした。果たして正しかっただろうかと、引き摺ります。
そうなのです。あくまでもダウト(疑惑)なのですから。 他人に対するダウトだけでなく、実は己に対するダウトでもあるのです・・・これが本作の深いところです。
冤罪の問題や、あるいは映画「12人の怒れる男」や「評決のとき」(他にもありますが)を思い出し、人間の持つ思い込み、人種問題、決め付け、の恐ろしさを問うています。
なんとなくそう思う、あの人ならやっていそう、嫌いだから、私の考えは正しい・・・などなど、人はこのように過った決断をし、過ちを犯すかもしれない自分こそ疑ってみたらどうか、と。
そして、その過ちを犯したとしたら、私たちは何に赦しを請えば良いのでしょうか・・・・。それがメリルの涙でした。

だけれど、神父はやっているかも知れないのです。

評者

ドンペリ

更新日時

2013年08月31日 21時39分

コメントの推薦

素晴らしい洞察 これは未見ですが、面白そうですね。チェックしておきます。 2013-09-01
hacker
2021年12月02日 07時33
2021年12月02日 07時33
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