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クロッシング・ザ・ブリッジ/hackerのコメント

rating44.0000

クロッシング・ザ・ブリッジへのコメント

採点

rating4

推薦数

+3

コメント

1970年が現在のイスタンブールに生きていました!

レビュー

ロックというのは、基本的には、「怒り」がないと成立しえない音楽だと思っています(次に重要なのは「愛」と「悲しみ」でしょう)。しかし、現在世間一般で言われているようなロックに、それを感じることは、私の知識不足ゆえかもしれませんが、ほとんどありません。吉祥寺駅周辺で、若者たちが街頭でかなでる音楽に、たまに耳を傾けることはありますが、メロディーはともかく、詞にあまりにも平和なもの、個人の世界観から抜け出ていないものが多い、というのが率直な不満です。若者として、何か叫びたいことはないのか、何かに怒りを感じることはないのか、1970年リアルタイム経験者としては思ってしまうわけです。

ところが、この作品に登場するミュージシャン達のかなでる音楽には、我々が失ってしまったものが、確かに存在しています。狂言回し役のドイツ人ベーシスト、トルコ人、クルド人、トルコ音楽に魅せられてトルコ語の歌を歌うカナダ人、様々な人種のミュージシャン達が、様々なジャンルの音楽−ロック、ヒップホップ、伝統音楽を踏襲しながらポップ風のアレンジをしたトルコ音楽、長年禁じられてきたクルド音楽−を披露してくれて、この音楽の多様性(東洋と西洋、伝統と近代の混沌)が、現代トルコ音楽の魅力なのでしょうが、かって1970年とその前の時代、アメリカでも同じような状況だったのです。東洋の音楽という意味では、インドのラヴィ・シャンカールがいましたし、この映画でも印象的に使われる打楽器の魅力を前面に出したグループとしてはサンタナがいましたし、ギターの弾き方を、ある意味で根本的に変えてしまい、いまだに史上最高のギタリストとして称えられるジミー・ヘンドリックスがいましたし、ロック史上最高のブルースの女王ジャニス・ジョプリンがいました。一言で言うなら、「何でもあり」で「何でもOK」の時代だったのです。

映画の最後に流れる曲は、マドンナの「MUSIC」のトルコ風カヴァーで、この曲だけが英語であるのは、やはりアメリカのこの時代を意識してのことであったろうと思いますし、「Music makes people come together」という歌詞そのものが、正に当時の音楽の最大のメッセージであったわけで、こういう曲を聴くと、マドンナも1970年の申し子の一人であることが分かります。

そういう訳で、題名の「ブリッジ」は、直接的には、イスタンブールを分けるポスポラス海峡を渡る橋、西洋と東洋をつなぐ橋のことですが、同時に、現在と過去をつなぐ「ブリッジ」のことでもあるのです。

監督のファティ・アキンは、トルコ系ドイツ人で、前作『愛より強く』(「壁に向かって」という意味ある原題に対して、誰がこんな意味のない邦題を考えたのでしょうね)で有名になりましたが、自身のアイデンティティへの考察もあって、この映画を作ったのでしょうが、ロックへの造詣も相当深いものがありそうで、いつか音楽プロヂューサーとして活躍してくれないか、などと失礼なことを考えたりしています。

この映画を観ながら、しかし、これはEU統合前のトルコの状況であって、統合後どうなるのだろうか、というほろ苦い危惧も感じます。というのは、こういう素晴らしい混沌が、秩序と商業主義に組み込まれてしまったのが、現在のアメリカ音楽界であるわけで、トルコ社会が近代化に向かい、西欧社会に組み込まれていった場合、果たして、この混沌を維持できるのでしょうか。多分、答えはNOでしょう。それは残念なことです。

評者

hacker

更新日時

2007年05月05日 15時12分

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