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カポーティ/ドンペリのコメント

rating44.3333

カポーティへのコメント

採点

rating5

推薦数

+1

コメント

トルーマン・カポーティがノンフィクション小説『「冷血」』を書き上げるまでの彼の苦悩を描いたフィクション。
それを数年かけて書き上げることは彼の魂をすり減らすことだった・・という描かれ方がされている。

ネタバレ

このレビューは物語の核心部分が明かされています。

レビュー

まず、
フィリップ・シーモア・ホフマンの見事な演技は、
ファルセットのように声を裏返し、仕草の一つ一つの細部に至るまでの高い集中力と
息を飲む緊張感でカポーティという人物のイメージを完璧に作りあげ、内面の表現も秀逸だった。
決してわざとらしく見えない彼の演技のお陰で 見応えのある映画になったと言えると思います。

題材からして重いけれど、私の心にはいつまでも響いていて後を引く映画でした。



★以下、内容に触れながらのコメントです。

殺人犯ペリーを取材するようになったカポーティは「彼は金脈だ」と言う。
『ティファニーで朝食を』を書いた彼にとって
家族4人惨殺事件のノンフィクション小説を書き上げることは
世間をアッと驚かせるのに充分なものであり、カポーティ自身それに大きな野望を抱いていた。

当初カポーティは、ペリーに対し、
犯行の様子を聞きだすまでは死刑になっては(=死んでもらっては)困ると思っていた。
なのでペリーのために弁護士を雇ってあげるまでする。

ペリーは、心を開きはじめ、カポーティに日記を手渡し、
いよいよカポーティが最も聞き出したかった‘犯行の様子’までも訥々(とつとつ)と話し始める。
ここがクライマックスのシーンであるが そこにスッと入る見せ方が見事で、ドキッとする。

その後、ペリーの死刑延期を聞かされると、カポーティは焦り、狼狽し、精神的に追い込まれていき、
ペリーが死刑になってくれなければ(=死んでくれなければ)困ると言う。最終章が完結しないからだ。
げに恐ろしや・・・彼の心の動き。いや人間の正直な心理だと思え、それが恐い。

そして・・・なんと数年の歳月が経過していたのだ。

時間の経過と共にうつろう心と冷酷さをホフマンが巧みに演じるので
サスペンスさながらの緊迫感が、じわじわと忍び寄って来た。


カポーティがその小説に「冷血」とつけたのは、
犯人に向けた題名ではなく、自分自身に付けた題名だったのではないだろうか。
二人(カポーティとペリー)には 母親の愛を受けられなかったという共通のトラウマがあるため、
「僕たちは同じだ。彼は裏口から出て、僕は表玄関から出ただけだ」というカポーティの
言葉で判る様に、カポーティはペリーに自分を重ねていたのかもしれない。

さらに言うなら「冷血」に成り切らなければ、この小説を書き上げることなど不可能だったはずだ。

「小説『冷血』は絶賛されるが、その後彼の執筆活動は一作も完成をみないままアル中で死亡」
と最後に字幕が出るが、
本作を書き上げたことが のちの彼の人生を決定付けた要因だったと思える終わり方になっている。
だとすれば
「冷血」を最後に、小説を書けなくなったカポーティは
「冷血」には成り切れなかったということでしょうか・・・。私は、そう思いたい。


小説を書くといういことは「産みの苦しみ」だと言われるが、
凡人には理解し得ない、作家が実感する‘追い込まれ恐怖’がよく描かれていた。これが私には高得点。


*カポーティが信頼を寄せている幼馴染の女性が出てくるが
なんと彼女は私の大好きな『アラバマ物語』の原作者ハーパー・リーだったのだ。
カポーティが幼少時に親戚に預けられて暮していた処がアラバマであり、
そこでハーパー・リーと知り合ったということも劇中で知り、感慨もひとしおだ。
『アラバマ物語』の中で、グレゴリー・ペック家族の隣家に 一時滞在する少年が出てくるが
あれはカポーティをモデルにしたのではないだろうか、と直感する。
意外なことを知ることが出来て、思わぬ収穫でした。


*劇場鑑賞後、カポーティに興味が沸き、彼に関する本を読んでから
レビューを書こうと思っていたのが、それ(読破)が未だ叶わず・・・・



★星は四捨五入です。

評者

ドンペリ

更新日時

2007年04月18日 15時02分

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