『時の娘』(1951年)でミステリー史に名を残すジョセフィン・テイの原作『ロウソクのために一シリングを』(1936年)を映画化した作品です。ただし、原作とは犯人が違う等、まったくテイストは違っているようです。
『時の娘』は、イギリス史でも悪名高いリチャード3世が本当に伝承されているような悪党だったのか、足を骨折して入院中だったグラント警部(ジョセフィン・テイの生み出した探偵)が疑念を抱き、ベッドに寝たまま調査するという内容ですが、歴史の謎解きという面白さもさりながら、歴史を意図的にゆがめて後世に伝えることへの批判にもなっていて、実に興味深い本です。
同じ作者の原作による本作は、しかし、そういう謎解きテイストとはまったく違い、殺人犯として逮捕された若者(デリック・デ・マーニー)が、警察の隙を見て逃亡し(この逃亡の仕方があきれるほどずさんですが)、彼の無実を信じるようになった警察署長の娘(ノヴァ・ピルブーム、かわいい!)と協力して、真犯人を探すというサスペンス中心の内容です。
実に手慣れた語り口と展開ではあるのですが、二人の若者や追う警察のドジ加減もあって、ヒッチコックとしては、いささかキレを欠く印象です。ただし、この作品は、ラスト近くになって、チック症の真犯人を、彼の顔を知っているホームレスの老人と警察署長の娘がホテルのダンスホールで探す場面で、ダンスホールの俯瞰から、クレーンを使ったカメラがだんだん近寄っていって、真犯人が発作的な瞬きをするクローズアップにいたる1カットが圧倒的に素晴らしく、これだけで名を残す映画と言っても嘘にはならないでしょう。
ヒッチコックとしては、上の部類の作品ではないでしょうが、それでも十分面白いです。
2020年04月10日 10時31分
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