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ニュールンベルグ裁判/hackerのコメント

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ニュールンベルグ裁判へのコメント

採点

rating5

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+1

コメント

『ハンナ・アーレント』を観に行く前の予行演習のつもりで、久しぶりに再見したのですが、衝撃でした。この作品の意味を理解するには、昔は若すぎたということなのでしょう。

レビュー

この映画の最大のポイントは、ナチス政権下において、その人種偏見と思想弾圧に満ちた法を執行する立場にあった判事たちを、裁けるのかということです。表面上は難しいように思います。なぜなら、それは、ナチス政権下で、ユダヤ人追放に多かれ少なかれ手を貸した、若しくは見て見ないふりをしていた、あるいは知りたくなかったので知ろうとしなかった一般のドイツ人の多くを裁くことに等しいからです。

初見の時には、私はこのポイントを理解することができなかったのだと思います。そして、お分かりのように、これが実に普遍的なテーマなことは、第2次大戦の時の日本人を思い起こせば十分でしょう。こういうテーマを正面きって取り上げただけでも、この作品は映画史に残る価値があると思います。

俳優たちは、みな芸達者ですが、弁護人役のマキシミリアン・シェル、ユダヤ人強 制収容所で見たことがトラウマとなったしまった検事役のリチャード・ウィドマーク、法の名のもとに強制去勢された男役のモンゴメリー・クリフトが、特に印象的です。

また、マキシミリアン・シェルが「広島、長崎に原爆を落として、数十万人焼き殺した国が何を言うか」という台詞を吐くのは、製作された年とアメリカ映画であることを考えると、驚くべきことです。

そして、ベルリンが東西に分かれるタイミングの裁判で、ドイツ人に反感を抱かせるような判決はさけたいという、政治的圧力の描写なども、似たようなことは実際にあったのだろうと思わせます。

作られてから半世紀を経て、その間の歴史を振り返ると、この映画の存在意義は、かえって増したのではないかと思えるのは、実に悲しいことです。

必見です。


なお、以下の文は2005年7月26日に記したものです。これはこれで、そのまま残しておきます。

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第2次大戦後、連合軍がドイツの戦争犯罪人を裁いたのがニュールンベルグ裁判で、日本にとっての東京裁判と同じ意味を持ちます。映画で取り上げられるのはA級戦犯でなくB級戦犯です。正直、意欲作ですが上質とは思えない映画なのですが、三つ強烈に印象に残る場面があります。

一つは、戦犯たちの弁護人(マキシミリアン・シェル)が法廷で「この者たちに罪があるというなら、ヒトラーを共産主義の防波堤と讃えてきた欧米の政治家たち、ヒトラーをここまで増長させた多くの人々に罪はないのか」と大みえを切る場面、一つはラスト・シーンで長期の懲役を受けた戦犯が「俺はこんなに長く入っていないよ」とうそぶき、鉄格子の向こうに消えていく姿に「その後数年で彼は特赦を受けた」というタイトルがでる場面(同じことは東京裁判でも起こりました)、そしてマレーネ・ディートリッヒ扮する戦争未亡人がスペンサー・トレーシーに「ユダヤ人たちがあんな目にあってたなんて、誰も知らなかったのよ」と言う場面です。特に3番目の場面は、最初観た時には嘘だろうぐらいにしか思わなかったのですが、ずっと後になって、「飛ぶ教室」や「エミールと探偵たち」の作家で知られるエーリッヒ・ケストナー、彼は反ナチにもかかわらず大戦中すっとドイツに留まっていた恐らく唯一の文化人ですが、彼の「日記」を読んだ際、彼でさえユダヤ人虐殺の事実を戦後しばらくたってから初めて知って衝撃を受けたという行があり、その事実は私にも衝撃でした。最近のイラク戦争を例に取るまでもなく、国家権力がその気になると、どんな事実も歪曲若しくは見えなくしてしまうという一つの例として、私には忘れられない印象を残しています。

評者

hacker

更新日時

2014年01月12日 20時48分

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