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イレイザーヘッド/カトキチのコメント

rating33.8333

イレイザーヘッドへのコメント

採点

rating5

推薦数

+3

コメント

結婚して、子供が生まれ、家族を養って自由がなくなるくらいなら死んだ方がマシだ!という事を言い切ったリンチの長編デビュー作。

ネタバレ

このレビューは物語の核心部分が明かされています。

レビュー

ついこの間、こんな話を人とした。彼女についての話だが、彼女と長い時間一緒にいるのが嫌だという。

毎日メールするのはめんどくさいし、会うのも1週間に1回。んで1日中は嫌だというのだ。理由は自分の時間が無くなるからだという。また、あるヤツは流れで同棲する事になりそうでそれがちょっと困ってる。毎日一緒に居る事でそいつの事が嫌になりそうだというわけだ。彼女が居ないヤツにしてみれば羨ましい悩みなのかもしれない。

ダウンタウンの松本人志は著書である『遺書』の中で結婚について、こんな事を書いている。

「結婚5年くらいの人間で「いやー結婚してよかった」と言ってるヤツなど見た事がない、何年も付き合ってるうちに別れられなくなり、仕方なくそうなってしまったというケースがほとんどのような気がしてならないのだ。いやー誰が決めたか知らないが、結婚というものはおっそろしいものである。いつ家に帰っても同じ女がいるのだぞ…ギャー。考えただけでも身の毛がよだつ話である。さらに新婚当時は若くてそこそこきれいだったその嫁が、年を取り、ヨボヨボになっていくのだぞ…ウゲーッ。手に汗握るお話である。また、そのヨボヨボが、夜、ネグリジェを着て求めて来たりしたら、ある意味ヤクザである(なんのこっちゃ)。ガキができたらそれこそ最悪で、自分に似た生き物に家の中をウロウロされた日にゃ、どうしていいかオレには解読不可能である」

93年の本なので、今ではこの考え方とは違うかもしれないが。まさにこれは『イレイザーヘッド』という映画を的確に表現してる文章だ。

デイヴィッド・リンチという映画監督はそれこそフェリーニのように1つのイメージをパズルのようにバラバラにし、それを組み合わせたらチグハグになってしまったという映画が多い。だからと言って『エヴァンゲリオン』のように延々謎が解けない作品がなく、それこそ、解読本が出ないのは、数回観るとそのテーマや謎が解ける作品がほとんどだからだ。

『イレイザーヘッド』はリンチの長編デビューである。初監督作にはその監督のすべてが出るというが、『イレイザーヘッド』もまさにその言葉が当てはまる。一見、頬がブクブクに膨らんだ女が出て来たりして、訳分かんないようにも見えるが、『イレイザーヘッド』という映画は非常にシンプルで、とてつもなく分かりやすい。リンチの映画は数回観ないと理解出来ないモノも多いが、何度か観るとその本質やおもしろさが見えて来る。だが、そんな作品群の中でも『イレイザーヘッド』はホントにシンプル。この主人公と同じ立場に遭った者なら、一度で理解してしまうんじゃないだろうか。

ちなみに私が初めて観たのは10代の時。最初に思った感想は「わけわからん」

だが、私の知り合いでも数人出来ちゃった結婚をしたり、長く付き合った流れで結婚したりして、その話を聞いたり、自分が同じような体験をした事で私は『イレイザーヘッド』という映画を深く理解した。しょっぱなから書いてしまうと『イレイザーヘッド』という映画は、

「結婚して、子供が出来て、家族を持つくらいなら、死んだ方がマシだ」

と正面から言い切ってる作品なのだ。

もし自分にやりたい事があったとしたとしよう、もしくはスピルバーグの映画の主人公のようにまだ精神状態が子供だとする。まだまだ家族も養えないような稼ぎだったとして、いきなり自分の恋人が妊娠してしまって結婚する事になったらどうだろう?それこそ「うわー!終わったー!」とか「もっともっと遊びたかったのに!」とか思うんじゃないだろうか。

結婚は人生の墓場だとかいう言葉もあるようだが、リンチは『イレイザーヘッド』の中で、「結婚は悪夢だ」という事を明確に言ってる。もしくは撮影当時付き合っていた妻に宣言してるような作品なのだ。

『イレイザーヘッド』にストーリーというものは存在しない。

冒頭、クレーターと主人公ヘンリーの顔がオーバーラップし、『イレイザーヘッド』というタイトルが出る。

肌がボロボロになった男がレバーを引き、何かが燃え、それをカメラが写し、主人公の顔のアップで映画が始まる。

とても人が住んでるとは思えない工業地帯を1人の男が歩く。このシーンが延々映される。家に帰って来ると、隣に住んでる美しい女性に「あなたヘンリー?」と声をかけられる。「そうです」と答えると「メアリーから電話よ、家で食事を一緒にって」と言われる。「どうも」と答えるが、その顔はとてもさえない。すごく嫌そうにも見える。ヘンリーはすぐに出かけるわけでもなく、買って来た品物を紙袋から出し、レコードをかけ、ベッドに座り、床を眺めたり、窓を見たりしている。そしてタンスを空け、やぶれた女の写真を眺めている。

きっとヘンリーはこう思ってるに違いない。「あー、これからレコードを聴いて、のんびり過ごそうと思ったのにな」と。

カットが変わると、やぶれた女の写真と同じ女が映し出される。彼女は窓の外をきょろきょろと見ている。何かを待ってるようだ。そこにヘンリーがとぼとぼと歩いてくる。ヘンリーは女が待ってた所まで歩いて行くが、すぐに家に入ろうとしない。そんなヘンリーに声をかける彼女。「遅かったじゃない」そう、彼女がメアリーだ。「本当に会いたかったのか?」ヘンリーはメアリーに言う。メアリーは何も返さず「じき夕食よ」と言う。

家の中に入ると、メアリーの母親がリビングに居た。「どうも」「初めまして」付き合っていれば、必ずやってくる緊張の一瞬だ。とてつもなく気まずい空気が流れる。リンチはここを見事な間とカット割りで演出する。「ヘンリーさんね?娘から聞いてるわ、何をなさってるの?」「印刷工です」すぐに会話が終わり、また気まずい空気が流れる。メアリーも「有能なのよ」と一言しか言わず、会話が続く事はない。それをつんざくかのように、今度は饒舌な父親が登場する。饒舌で陽気な父親はそれはそれでウザくて気まずい。ヘンリーはますます帰りたいオーラを出す。

夕食を作るシーンがあり、饒舌な父親のどうでもいいトークが夕食を彩る。チキンを切ってくれと頼む父親にヘンリーが「喜んで」といい、チキンにフォークを刺すと溢れるように血が流れる。それを見て、メアリーと母親は部屋を出て行く。「気にせんでくれ」と言う父親。部屋で父親と二人きりになってしまったヘンリーを襲う、妙な間と沈黙。リンチはここでも演出のうまさを見せつける。

母親が部屋に戻って来ると、「ヘンリー話があるからこっちへ来て」と言う。そこで母親に聞かれる。「あなたメアリーと寝たの?肉体関係があったの?」と、そう、そこで知らされてしまうのだ、メアリーは妊娠して、すでに出産している事を!「あなた責任とって結婚して、子供を育てなさい!」と母親に言われ、「結婚してくれる?」とメアリーに言いよられると、鼻血を出しながらヘンリーは言う「もちろん」だが、これは悪夢の始まりにしか過ぎなかった…

もう、ヘンリーの家にはメアリーとその赤ん坊が住んでいる。その赤ん坊だが、どう観ても未熟児だ。未熟児というか、奇形膿腫というか、赤ちゃんというよりも胎児というか、エイリアンのようで薄気味悪い。ギャーギャーと泣きわめき、見た目も気持ち悪い子供に、ついにメアリーは耐えきれず、実家に帰ってしまう。

元々、結婚も子供も望んでなかったヘンリーは、しかたなく子供を育てるが、その子供が熱を出し、妙な発疹が体に出来始めた事から、ついには付きっきりで面倒を見る事になってしまう。しだいに「天国では何もかもうまくいく」と唄う女の妄想や自分が鉛筆の消しゴムになる夢などを見はじめる。

どうしようもなくなって、隣に住んでた女とのセックスを妄想するが、結婚して子供がいる自分にはそんな事など夢のまた夢。子供を見て、現実に引き戻され、虚しい気持ちになる。

ギャーギャーうるさい子供。さらにその妄想した女がどうしようもないハゲたおっさんと一緒に居る所を目撃した事から、変な嫉妬と狂気が渦巻き。ヘンリーはついにその子供にハサミを突き立てて、殺してしまう!

ラストは「天国では何もかもうまくいく」と唄ってた女と抱き合って、幸せそうな表情を浮かべるので、ヘンリーは間違いなく、死を選んだといっていいだろう。死を選んだというのは大げさかもしれないが、死んだ方が幸せになれると思ってるか、もしくは、死にたくなるほどの悪夢だったという解釈でもいいかもしれない。笑顔を見せないヘンリーだが、ラストでついに笑顔を見せる。

その後、リンチは『エレファントマン』を撮り、『砂の惑星』の監督に抜擢され、『ブルーベルベット』を撮る事で自身のスタイルを確立し、人気を不動のものとした。『ブルーベルベット』『ワイルド・アット・ハート』『ツイン・ピークス』と映画らしい映画を撮り続けたリンチは、また『ロスト・ハイウェイ』という作品でまた独特な恋愛観を見せつける事になる(それはまた別の話)

『イレイザーヘッド』は大ヒットとはいかなかったが、3年以上のロングランとなり、カルトムービーになった。『イレイザーヘッド』がカルトムービーになったのは、その不気味さや赤ちゃんの造形もさることながら、「結婚して、子供が出来、それを養う事で自分の自由が無くなるくらいなら、死んだ方がマシだ!」という部分に共感した人が多かったからとも言える。

私は『イレイザーヘッド』という映画がメチャクチャ好きだ。リンチが言ってる事も分かるし、実際に付き合ってる彼女の父親に会った時なんてもう…いい年こいてフリーターやってる私にとっては悪夢としか言いようがない!

ただ!『イレイザーヘッド』が身にしみる男もこの世にはたくさんいるはずなのだ!そうだろ?なぁなぁ…

評者

カトキチ

更新日時

2007年12月28日 00時36分

コメントの推薦

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