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夜の大捜査線/hacker2のコメント

rating44.0000

夜の大捜査線へのコメント

採点

rating4

コメント

昨年のBLM運動を振り返って、再見し、原作も再読しました。

レビュー

本作は、アカデミー賞の作品賞、主演男優賞(ロッド・スタイガー)、脚色賞(スターリング・シリファント)、編集賞(ハル・アッシュビー)、音響賞の5部門を受賞し、傑作というレベルの作品をものにしたことは一度もないものの、いくつか印象的な作品を撮っているノーマン・ジュイスン監督の代表作の一つです。個人的には、クインシー・ジョーンズが音楽担当だったことと、レイ・チャールズが歌った主題曲も忘れないで覚えています。

映画は日本公開時に観て、1965年МWA最優秀新人賞を受けた原作は少し経ってから読みましたが、昨年のBLM運動の報道(特にCNN)を受けた後で、再び両作品に接してみると、そのアメリカの現実の姿の描き方に感銘を受けます。

物語を簡単に紹介します。

アメリカ南部ミシシッピ州の小さな町スパルタで、いつもの深夜のパトロールをしていた警官官サム・ウッドは、人気のない路上で死体を発見します。それは、この町に工場を建てようとしている白人実業家で、撲殺されたこと、財布がなくなっていたことが分かります。事件の報を受け夜中に起こされた警察署長のビル・ギレスビイの指示で、鉄道の駅に不審な人物がいないか調べたサムは、待合室にいた身なりの良い黒人に有無を言わせず身体検査をし、彼が数百ドルの現金を持っているのを発見すると、そのまま容疑者として警察署に連れて行きます。

しかし、警察署で、この黒人は自分はヴァージル・ティップスというペンシルヴァニアの刑事であることを告げ、南部に住んでいる母に会うために乗り継ぎ列車を待っていたこと、更に専門は殺人事件であることも話します。実は、警察署長のビルは図体は大きいものの、最近署長になったばかりで、殺人事件の捜査などしたことがなく、相手が黒人であることは気に入りませんでしたが、死体の検分を頼みます。ビルやサムは、ヴァージルの手慣れた検分による意見が的確なことに、腹ただしいと同時に感嘆するのでした。

こうして、本人の意、そしてビルの意に反して、ヴァージルはこの事件の捜査に協力することになっていくのでした。


『夜の大捜査線』を最初に観た時に理解できなかったのは、なぜヴァージルは駅でおとなしくサムの言うがままになっていたか、という点です。しかし、ジョン・フロイドさんの死の様子を知った後では、ヴァージルも、黒人がさしたる理由もなく何かの容疑者にされること(最近読んだ小説『キャラメル色のわたし』でも描かれています)、その際は抵抗などしないほうがよく、抵抗すると何をされるか分からないということを知っていたからだと分かります。自分を主張するには、警察署のような場所がベストだということを、南部生まれのヴァージルは知っていたのです。

そして、黒人には白人のような頭脳も仕事もないという南部の白人たちの偏見は、作中で繰り返し述べられていて、それを覆すような黒人刑事の存在には、市のお偉方はイライラし、そもそも黒人が白人相手に捜査をして尋問をし、おまけに指示を出すとは何事だという危険な雰囲気が醸し出されていく過程が、しっかり描写されています。しかし、ビルやサムは、少なくとも警察官として殺人犯を挙げなければならないという正義感は持っていて、ヴァージルの行動をサポートするようになるのでした。


ところで、原作と映画とでは大きな違いがいくつかあります。実は、物語としては、私は映画の方が気に入っています。その辺りを述べてみます。

1.原作ではカロライナ州が舞台でヴァージルはカルフォルニアの刑事だが、映画ではミシシッピ州が舞台でヴァージルはペンシルベニア州の刑事
2.原作では被害者はイタリア人だが、映画では町に工場を建てようとして、地元の有力者と対立しているアメリカの白人実業家
3.原作では黒人差別だけでなく、イタリア人差別への言及もあるが、映画では一切削除
4.原作にはサムをめぐる恋愛沙汰の描写があるが、映画では一切削除
5.原作では警察署長ビルは、ヴァージルとほぼ同じ30歳前後だが、映画では家族のいない孤独な中年男

1の理由はよく分かりませんが、ミシシッピ州の方が南部の色が出しやすいと判断したのかもしれません。

2と3はリンクしているのですが、イタリア人差別まで持ち出すことは、焦点がボケると判断したのではないでしょうか。実は、原作になくて映画で最も印象的な場面は、地元の白人有力者に頬を張られたヴァージルが、すかさず相手を張り返すところで、黒人と白人の対等感を象徴しています。そして、その後で感情をむき出しに「あいつが犯人に違いない」と言うヴァージルに対して、ビルが「立派なことを言っても、お前も白人と同じだな」と毒づくという、更に印象的な場面が続いています。

4に関しては、原作でも添え物の印象しかないので、この方がスッキリしています。

5も、映画の方が、ロッド・スタイガーの名演もあって、原作よりはるかに陰影のある人物に仕上がっていて、私は良いと思います。

というわけで、映画がアカデミー脚色賞を取ったのは無理もないと、映画好きの私は思う次第です。あと、映画では、ヴァージルを襲う、ならず者の一団の車に南部連合の旗が張ってあることも、付け加えておきます。こういう視覚的インパクトは、そもそも映画の得意とするところではありますが、この旗の存在もBLM運動でクローズアップされたことは言うまでもありません。


ここで描かれている、エリートの黒人が、プアホワイトを含む偏見を持った白人たちと対峙して、殺人事件の真相を掴むという物語の発表当時のインパクトを想像しつつも、しかし同時に本質的には当時も今も状況は変わっていないこともあらためて感じました。

最後ですが、この映画の主演は、言うまでもなく、ヴァージル・ティップス役のシドニー・ポワチエで、アカデミー主演男優賞をビル・ギレスビイ役のロッド・スタイガーに与えたのは、やはり不自然です。おそらく、シドニー・ポワチエは『野のユリ』(1963年)で既にこの賞を取っていたこと、『質屋』(1964年)『ドクトル・ジバゴ』(1965年)等で名優として知られていたロッド・スタイガーの本作の名演に報いたいということもあったのではないかと推測します。なお、詳細は触れませんが、この年の助演男優賞は、候補者全員に資格があると思える大激戦でした。選出にあたってポワチエへの差別意識があったのかは分かりませんが、ロッド・スタイガーが素晴らしかっただけに、やや後味が悪かったのは事実です。

評者

hacker2

更新日時

2021年01月12日 09時05分

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2021年11月28日 10時45
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