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野獣死すべし/hackerのコメント

rating44.0000

野獣死すべしへのコメント

採点

rating4

コメント

さらば、70年代よ。(レビューの後半三分の一に、ラストの詳細な記述がありますので、ご注意下さい。)

ネタバレ

このレビューは物語の核心部分が明かされています。

レビュー

日本有数のサイコ・キラー映画です。大藪春彦のあの原作を、よくこういう風に料理した、と言うか、全く別物に仕立て上げた脚本が、まず凄いのですが、それまでの自らのハードボイルドのイメージを払拭するかのように、減量した上に、奥歯まで抜いて、このおぞましい主人公伊達邦彦に入れ込んだ松田優作の、幽鬼のようなイメージと演技も凄いです。彼の、脚本への理解と全霊を打ち込んだようなアプローチがなければ、この映画がここまで語り継がれる作品にならなかったであろうことは、誰も否定できないでしょう。

原作の主人公は、目的(=金と名誉)のためには手段を選ばない、という意味において、必ずしも珍しいタイプの犯罪者ではなく、典型的なタフガイとして描かれています。ただ、太平洋戦争が性格形成に陰を落としたという点と、それまでの日本には見られなかった類のハードボイルド小説(必ずしも、正統派ではありませんが)という点において、原作発表当時は新鮮だったのだろうと思います。

これに対し、この映画の主人公は、金銭への欲求が強いとは、とても思えません。明らかに、金に不自由していない生活ぶりだからです。そして、海外での戦争体験(大学卒業後、カメラマンとして海外の戦場を駆け巡っていた、という設定です)に影響を受けた点が強調され、金銭は口実にすぎない犯罪を重ねるように見えます。つまり、原作では、金のためには殺人も厭わない主人公が、ここでは、殺人の口実として金を強奪する主人公へと、すりかわっているのです。そういう狂気を内在させた主人公がタフガイであるはずがなく、あたかも「死人が歩いているような」松田優作の醸し出す雰囲気には圧倒されます。

それと、この映画が1980年の作品だというのは、見過ごしてはならないポイントです。主人公が参加する大学の同窓会のシーンは、銀行襲撃の共犯者となる真田徹夫(鹿賀丈史)と初めて出会う、という点でも重要なのですが、主人公が東大卒であり、同窓生たちも含めて、30歳になることを語っている点でも重要です。つまり、彼らは皆1968年大学入学で、同年から翌年までの70年安保闘争、なかんずく安田講堂をめぐる一連の動きを眼前にしてきた世代だということです。そして、参加した同窓生のうちの何人かは、確実に学生運動に係わっていたと想像できるからです。そういう彼らが、何事もなかったかのように、一流企業に勤め、偉そうな発言をしている同窓会の様子が映し出されます。会のウェイターをしていた、真田徹夫の唐突とも思える、怒りの爆発は、彼自身も同い年であり、「お互い70年代を生きてきた身だ」という意味の発言をすることから、かって学生運動に携わったことがあり、恐らくは大学を中退し、現在は「陽のあたる場所」にいない人物が、そういう一連の発言を我慢できなかったからだと解釈できるのです。

また、主人公が銀行強盗の後の逃避行の列車の中で、ずっと付きまとっていた柏木刑事(室戸日出男、明らかに刑事コロンボを意識していますね)に、ロシアン・ルーレットを仕掛けながら、西洋の浦島太郎物語である、リップ・ヴァン・ウィンクルの話をするシーンは、あまりにも有名ですが、これが主人公自身のことを語っていることのは、間違いないでしょう。では、何故主人公はリップ・ヴァン・ウィンクルに、自分を例えたのでしょう。

そもそもの話をすると、リップ・ヴァン・ウィンクルRip van Winkleはドイツの伝説だか民話だったかなのですが、アメリカの小説家ワシントン・アーヴィングが小説化したことで、よく知られるようになりました。恐妻家の主人公の木こりが、山の奥で、見知らぬ人間たちと遊び、酒を飲んで眠ってしまい、目が覚めると、20年が経過していたという、基本的には浦島太郎の西欧版なのですが、この物語の大きな特徴は、主人公が寝ている間に、主人公の妻が死んでしまい、家族という「束縛」から自由になった点と、アメリカの独立という大きな社会変化があった点の、二つだと思います。

前者に関しては、主人公の親族に何があったかは全く語られていませんが、そういう類の存在から、主人公は全く自由です。勝手な想像ですが、主人公が大学卒業後、海外に行っている間に、何らかの理由で、主人公の親族は死んでしまったのだろうと思います。リップ・ヴァン・ウィンクルを持ち出すことによって、主人公の親族の状況をも暗示しているのでしょう。

後者に関しては、これはやはり、いわば動乱の70年代の終焉と、バブルへの助走でもあった80年代の幕開きを意識しているのだと思います。何年か日本を離れているうちに、日本の社会的状況が全く変わってしまったことへの、主人公の怒りのようなものが感じられるのです。

更に、リップ Rip という名前ですが、本来は、墓碑銘などに刻まれる「安らかに眠れ requiescat in pace」というドイツ語から来ているのでしょうが、当然「切り裂きジャック Jack the Ripper」をも連想させます。19世紀末ロンドンで発生した、現在にいたるまで真犯人が不明な、売春婦の連続殺人犯は、突然犯行が発生しなくなったことから、最後となった5人目の犠牲者(最も凄惨な遺体でした)で、自らの異常な嗜好(内臓フェチ)を満足させた結果、完全な狂気におちいったか、自殺したかのいずれかと憶測されています。実は、映画の最後で、主人公に起こったのは、これではないかと思っているのです。

最初にこの映画を観た時に、最も不満だったのは、ラストのシークエンス、洞窟の場面と音楽堂の場面でした。前者は、それまで寡黙だった主人公が叫び出すのがいかにも唐突に思えましたし、後者は、ロジカルには説明のつかないことだらけで、何だか無理やり映画を終わらせてしまったかのような印象を持ったものでした。主人公をどうして良いか分からなくなった時は殺してしまえ、というのは、よくある逃げ方ですしね。

しかし、今になって考えてみると、銀行を襲うことを口実とした無差別殺人を行い、自らの殺人願望を十分満足させた結果、主人公は次第に本物の狂気の世界に入っていったと解釈すべきなのだろうと思います。逃避行に、かって戦場で着ていた服を持ち出し、リップ・ヴァン・ウィンクルの話をしているうちに、次第に錯乱して迎えるのが、洞窟のシーンなのです。

夢の世界では、洞窟や地下室というのは、意識の深い部分の象徴として、よく解釈されます。主人公と共犯者は、そこでセックスの営みの最中である男女に出会い、共犯者は男を射殺し、女を犯します。その傍らで、主人公は、戦場で最初に人を殺した時のこと、戦場で少女を犯していた男を殺した時のことを、叫びながら、語るのです。ここにいたって、主人公は過去の戦場(70年代)と現在の日本(80年代)の区別がつかなくなってしまったのでしょう。共犯者をも射殺します。主人公は完全な狂気の世界に入った、と理解すべきなのでしょう。ですから、ラストの音楽堂のシーンは、主人公の見た幻影だと思います。そうでないと、.灰鵐機璽判了後、誰にも起こされずに、主人公が独り会場に取り残される、▲灰鵐機璽箸歪名鑢襪覆里法外へ出てみると真昼(陽炎がたっています)である、G靆攘沙から銃撃されたかのように見えるが、彼が主人公の居場所を知っていて殺しに来るとは、ありえない状況である、といった疑問点の説明がつきません。

それと、主人公は恐らく性的不能者です。一見意味のない、主人公がストローをくわえながら、女性のオナニー・ショーを独りで見るシーンがそれを暗示していると思います。ですので、快楽殺人者によくあるように、主人公にとっては、殺人がセックスに代わる行為だったのではないか、とも思えます。そうなると、銀行強盗の現場に偶然居合わせた、主人公を慕う女性(小林麻美)の心臓(ハート)を、主人公が一撃で射抜くのは、ある意味で愛の行為だったのかもしれません。そして、自らの死の幻影の舞台が、二人が会っていた音楽堂であるのは、かすかに残る正気と良心がさせた技なのかもしれません。

最後ですが、この映画の観客は、誰もが小林麻美を忘れることはないでしょう。彼女が撃たれるスローモーションのカットは、この映画で最も美しいだけでなく、死にいく女性を捉えたカットとしても、私の記憶の中でも、最も美しいものの一つです。彼女の演じたキャラクタは、純真な女性が怪物のような男性を慕う、という点において、同じ脚本家の『処刑遊戯』の森下愛子が原型とは思いますが、男性にとって、これだけ切ない表情ができた女優は、他には藤谷美和子ぐらいでしょうか。早々と引退してしまったのが、惜しまれます。

評者

hacker

更新日時

2009年02月25日 12時28分

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